みなさん、こんにちは。
オンライン読書会「ワルい子のためのブッククラブ」を中心に活動している当クラブですが、2026年6月30日、「対面&オンラインのハイブリッドトークショー」を開催いたしました!
今回のテーマは、現代日本のポップカルチャーの最高峰「M-1グランプリ(お笑い批評)」です。
https://yuyamareikocultureclub.com/events/302219451e9e
1980年代に情報誌『ぴあ』の古典芸能・演芸担当としてキャリアをスタートさせ、長年お笑いとメディアの変遷を見つめてきた主宰・湯山玲子。
そしてパーソナリティに、会場となったクリエイティブスペース「OSIRO」のマッキーさんを相手に、さらにM-1出場経験を持つミュージシャンの野井勇飛さんを巻き込み、アートや現代社会の批評眼を交えた湯山節全開の激論が交わされました。
ヒリヒリするような知覚の刺激に満ちた夜の模様をレポートします!
💡 「日本の漫才を終わらせる(!?)」多様性時代の到来とツッコミの危機
「プログレスしていく進化系の表現には、批評が絶対に不可欠。現代のお笑いはアートや現代音楽と同じく、批評とともに進化している」と語る湯山さん。
そのなかでも、近年の王者である令和ロマンの緻密に計算されたタイム感と、映画を一本見たかのような完成度の高いネタ(「戦国タイムスリップ」など)に強い衝撃を受けたと語ります。
しかし、湯山さんの視点はそこから「漫才という形式そのものの危機」へと一気にジャンプします。
• 「常識」というインフラの崩壊: 日本の漫才は基本的に「ボケ=非常識」「ツッコミ=常識」という強固な二項対立で成り立っています。
日本が強烈な「忖度と共通モラルの国」だったからこそ、ツッコミが機能していました。
• 海外にツッコミが存在しない理由: アメリカのスタンドアップコメディなどには「ツッコミ」がいません。
多様な人種による文化が多元化している社会では、「お前のそれ、常識じゃねえよ」という大前提が共有できないからです。
• 漫才の多様性リスク: かつて、かまいたちが「ジブリを一回も見たことがない」というボケを披露した際、当時は「ありえない!」というツッコミが成立しました。
しかし多様性の時代となった今では「そんな人がいても普通じゃない?」となってしまう。共通の常識(村社会のモラル)が崩壊していく現代、従来の漫才形式そのものが成立しづらくなっているのではないか、という鋭い社会構造の批評に会場は深く唸らされました。
⚡️ 毒舌・ナンセンス・生命力──「カウンターとしてのお笑い」
ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)全盛の令和において、「良きことファッション(綺麗ごと)」に強い違和感を表明する湯山さん。
その中で、彼女が取り上げたのがウエストランド(井口氏)の毒舌漫才です。
「お笑いの本質は、世間に物申すダークサイド(悪口や人間のドス黒い部分)にある。ポリコレの時代にこれを芸として成立させている井口君は素晴らしい。空回りするキャラクターの中に悪口を落とし込むことで、ヒリヒリさせながらも観客を安心して笑わせる干渉帯(バッファ)をちゃんと用意している」と絶賛。
さらに、表現の方程式としてクラシック音楽の巨匠を引き合いに出す湯山さんならではの分析も炸裂しました。
「ミルクボーイのコーンフレークの漫才、あれはクラシックでいう『ブルックナー動機』そのものよ! 単純なワンフレーズをオーケストレーションの機微で何度も何度もループさせて脳を快感にハメていくテクノ的な快楽。観客の脳に最初のフォーマットを叩き込むことで、次はどう来るか?と頭を走らせる力学がある」
その他にも、ツッコミがボケを全肯定して謝るという現代の鏡合わせのようなシステムを作ったぺこぱ。
リッチなルックスから「生活保護」という貧困層の現実を突きつけて批評精神を覗かせるドンデコルテ。
太陽のような圧倒的な回収性と生命力で女性の欲望を全肯定するバッテリーズ(エース氏)。
日本の伝統話芸(浄瑠璃や浪曲のグルーヴ)やラップ的なリズム語り芸を現代に蘇らせたジャルジャル。
そして耳に残るDJ的なループセンスとシュールさを持つヨネダ2000 など、それぞれの芸人が持つ「切り口の強度」が次々と解剖されていきました。
🎭 脳みそが20%になる極限状態!M-1出場者が語る「舞台の魔力」
トークの後半には、2022年に実際にアマチュアとしてM-1の一回戦への出場経験のあるミュージシャンの野井勇飛さん(写真左)が飛び入り参戦!
「なぜプロでもネタが飛ぶのか?」「同じネタなのにウケる時とウケない時があるのはなぜか?」という謎を解き明かすため、実際に舞台に立ったという野井勇飛氏。
「本番の舞台に立つと、圧倒的な重圧で脳みそが20%くらいしか動かなくなる。お客さんの前でお手玉しながら綱渡りをしているような極限状態」というリアルな体験談に、湯山も大興奮。
お笑いとは、音楽のように自分たちだけで陶酔してガードできる表現とは違い、常に目の前の客とリアルタイムでコミュニケーション(会話)をし続けなければ成立しない、極めて刺激が強くストイックなジャンルであるという「現場の凄み」が語られ、作り手へのリスペクトがさらに深まる時間となりました。
👩🎤 「女性とお笑い」というアンタッチャブルなDNA構造へ
そして話題は、当クラブの真骨頂でもある「ジェンダーとお笑い」の問題へ。
「お笑い界のホモソーシャル(超男社会)な匂いに対し、女性芸人はどう切り込んでいくべきか?」と湯山さんは日本の根深いDNA構造を指摘します。
「人を笑わせる、コントロールするという行為は、日本では歴史的にものすごくドミナント(男性的)な特権だった。
『女に笑わせられてたまるか』という無意識の壁が男の側にある。
次の10年で日本のコメディカルチャーも巨大な地殻変動(バックラッシュと進化)を起こすだろう、と締めくくられました。
湯山玲子カルチャーサロンでは湯山さんとトークや観劇を楽しむオフラインイベントを定期的に開催しております。
ご入会もお待ちしております!
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