湯山玲子ワルい子のためのブッククラブは、「常識」をいったん脇に置き、文学や漫画、映画やカルチャーを通じて、自分の思考の癖や社会の前提を問い直す読書会です。作品の感想を共有するだけではなく、その背後にある歴史や文化、人間の欲望や社会構造まで掘り下げながら、「当たり前」を揺さぶる時間を楽しんでいます。

今回取り上げたのは、手塚治虫の問題作『奇子(あやこ)』。小説中心の読書会が多いワル読ですが、今回は漫画読書会として開催されました。

手塚治虫の“もうひとつの顔”

『鉄腕アトム』『火の鳥』の作者として知られる手塚治虫。しかし『奇子』は、そのイメージを大きく覆す作品です。

近親相姦、戸籍抹消、幽閉、戦後日本の闇、権力と暴力――。現代の感覚で読むと思わず「これは完全にヤバい」と感じる題材が次々と登場します。

しかし湯山さんは、「狂っていると思うのは、私たちが立っている“正常”の基準から見ているから」と指摘。作品を単なるスキャンダルとしてではなく、日本社会や共同体の構造を映し出す鏡として読み解いていきました。

“ブラック手塚”が描いた人間の本質

読書会では『アドルフに告ぐ』や『火の鳥』望郷編などにも触れながら、いわゆる“ブラック手塚”について解説。

子ども向け漫画の巨匠というイメージとは異なり、人間の欲望や支配、共同体の暴力性を徹底的に描く作品群です。

「人間は本当に自由なのか」「共同体はなぜ個人を飲み込むのか」という問いが、手塚作品全体を貫いていることが紹介されました。

参加者からは「手塚治虫の見方が変わった」「こんなに社会批評的な作家だと思わなかった」という声も上がりました。

村社会と日本人のDNA

『奇子』を理解するための背景として語られたのが、家父長制度、土地と農民、農耕文化、村社会、戦後日本という大きなテーマです。

日本人の土地との結びつきや共同体意識の話から、現代社会に残る“村社会的感覚”へと議論は広がり、さらには大阪・関西万博のミャクミャクにまで話題が飛ぶ展開に。

作品論から日本論へと自然に接続していくのは、ワル読ならではの醍醐味でした。

『奇子』に描かれた女性たち

今回特に印象的だったのが、女性たちの存在についての議論です。

家父長制の中で抑圧されながらも、実際には共同体を支えているのは女性たちではないか。家を守ろうとする妻たち、制度を支える女性たち、そして男性の支配欲を超えて存在し続ける女性たち。

現代的な視点から読み直すことで、『奇子』が単なるセンセーショナルな作品ではなく、権力やジェンダーについて深く考えさせる作品であることが浮かび上がりました。

「何が正義だ!?」という問い

今回の読書会を通して繰り返し浮かび上がったテーマが、「何が正義なのか」という問いでした。

近親相姦というタブーも、家族という制度も、共同体のルールも、時代や立場によって見え方が変わります。

湯山さんは「習わなかったことは疑えない」という言葉を紹介しながら、読書とは既存の価値観を疑うための営みでもあると語りました。

作品を読むことで、自分自身が当然だと思っていた価値観の輪郭が見えてくる。まさにワルい子のためのブッククラブらしい時間となりました。

大江健三郎へと広がる議論

終盤には大江健三郎の『芽むしり仔撃ち』『万延元年のフットボール』『個人的な体験』にも話が及びました。

父性、家父長制、共同体、女性、暴力――。これらのテーマが『奇子』と深く共鳴していることが紹介され、漫画読書会はいつしか文学論、社会論、日本論へと発展していきました。

まとめ

今回の『奇子』読書会は、「こんな手塚治虫がいたのか」という驚きから始まり、「日本人とは何か」「家族とは何か」「正義とは何か」という大きな問いへとつながる夜になりました。

エログロだから衝撃的なのではなく、その奥にある日本社会の深層や人間の本質を描いているからこそ、『奇子』は半世紀を経た今も読み継がれているのかもしれません。

詳細な議論や湯山玲子さんのレクチャーは、ぜひアーカイブでご覧ください。

「何が正義だ!?」

その問いを胸に、『奇子』をもう一度読み返したくなる読書会でした。

次回予告📣

◾️7/25(土)湯山さんお誕生日会&ワル読1周年イベント!

湯山さんへの人生相談や手塚治虫も愛した名店、純台湾料理『山珍居』での懇親会オプションは残席僅か。
https://yuyamareikocultureclub.com/events/ff98ea8ecb4b

◾️次回読書会
8/27(木)20時15分-
初の映像作品/SFの元ネタの宝庫!Netflix
ブラックミラーを予定しています。
✳︎詳細は近日公開
https://www.netflix.com/jp/title/70264888