こんにちは。ぺこ丸です。
みなさま、先日の『リミナルスペース――新しい恐怖の美学』の読書会、ご参加いただきありがとうございました!
大盛況で、私も大変面白かったです!
湯山さんの解説も抜群の切れ味&贅沢な情報量で、圧倒されましたね!
さて、本日はわたくし、ぺこ丸の個人的な経験談に少しお付き合いいただければと思います。
というのも、先日の読書会を終えて「リミナルスペース」について考えていたとき、ふと自分自身の大学時代を思い出したのです。
私が大学時代を過ごした場所は、茨城県つくば市。
つくばといえば「研究学園都市!」というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか?
その通り、筑波研究学園都市は、東京などにあった国の研究機関を計画的に移転し、研究・教育の拠点を形成することなどを目的として、約60年前に国家プロジェクトとして建設された街です。
現在では、筑波大学をはじめ、国土地理院、JAXAなどの研究・教育機関に加え、多数の民間研究機関が集積する、日本を代表するサイエンスシティとなっています。[1]
何を隠そう、私が青春時代を過ごしたのも、まさに筑波大学でした。
そして今になって振り返ってみると、この大学、あるいはつくばという街そのものが、私にとって巨大な「リミナルスペース」のような場所だったのです。
クリーンで快適 「合理的」につくられた街
TXつくば駅周辺のつくばセンターエリアの様子。この辺りはポストモダン建築の聖地でもあります。写真に写っているエリアは磯崎新建築。特撮の撮影もよくやってるらしい。(撮影:ぺこ丸)
まず、つくばを歩いていると、街そのものが非常に計画的につくられていることに気づきます。
つくばの街は非常に快適でクリーンです。
電柱は地下に埋め込まれ、景観も美しく整備されています。
また、学園東大通りや学園西大通りといった大きな幹線道路が東西南北に走り、その周囲に研究施設、住宅地、公共施設などが配置されています。
さらに特徴的なのが、「ペデストリアン」と呼ばれる歩行者・自転車中心のネットワークです。
つくば市によると、研究学園地区には総延長約48kmもの歩行者専用道路が整備されています。
これは機能的かつ極めて合理的なつくりです。
人が歩く場所と自動車が走る場所を分ける「歩車分離」の考え方が、都市そのものの設計に組み込まれているのです。[2]
しかし、ここで大問題発生!
私は大学在学中、まったくつくばの道を覚えることができませんでした(汗)
一応、記憶力や土地勘にはそれなりに自信があるのですが、つくばに至ってはまったく使い物にならず。
何年も住んでいるのに、なぜか街が覚えられない。
当時は単に「相性が悪いのだろう」くらいに思っていました。
しかし今回、リミナルスペースについて考えていて、ふと思ったのです。
もしかすると、この機能的かつ極めて合理的な街のつくりが、私にとっては「迷う」という経験を生じにくくしていたのではないか?
「迷う」ことで、街は身体に刻まれる
ここでいう「迷う」とは、単に道が分からなくなることではありません。
「あれ? こっちじゃなかった」と一本違う道へ入り、
「この道を抜けるとここに出るのか!」
と発見する。
そうやって何度も間違えながら歩くことで、平面的だった地図が少しずつ立体的になっていく。
つまり、迷うことは、その経験を通して自分の身体の中に空間を刻んでいくことでもあるのではないでしょうか。
「迷うこと」と「迷い込むこと」
ここで区別したいのが、「迷うこと」と「迷い込むこと」です。
「迷う」とき、私たちは自分で道を選び、間違えば引き返します。その繰り返しによって、街は少しずつ身体の中に刻まれていく。
一方、「迷い込む」ときは、自分で進んでいるはずなのに、いつの間にか空間の側に取り込まれている。
私がつくばで感じていたのは、むしろこちらでした。
つくばは本来、「迷わないため」の都市設計です。
それでも私には、自分で街を読み解くというより、あらかじめ用意された巨大な動線の上を移動しているように感じられました。
自分の身体で街を踏みしめている感覚がない。
どこか、ふわふわと浮遊している。
迷わないようにつくられた場所だからこそ、そこから少し外れた瞬間、
「迷い込む」。
この感覚を考えていて思い出したのが、『8番出口』とバックルームでした。
『8番出口』とバックルーム——なぜ「迷い込む」のか
考えてみれば、「迷い込むこと」はリミナルスペースをめぐる表現でも繰り返し現れます。
たとえば『8番出口』。
舞台は複雑な迷路ではなく、同じような地下通路の反復です。それなのに歩いているうちに、
「自分はいまどこにいるのか」
という感覚が怪しくなっていく。
バックルームも同じです。
黄色がかった壁、蛍光灯、同じような部屋と廊下。
どこかで見たことがあるのに、ここがどこなのかは分からない。
道が複雑だから迷うのではない。
空間が均質で反復し、自分の位置を身体的に把握する手がかりが乏しいから「迷い込む」。
ここで怖いのは、出口が分からないこと以上に、自分がどこにいるのかを確かめる基準そのものが失われていく感覚なのかもしれません。
TXつくば駅。科学の街らしい近未来的な空間が続く。ミニマルな美学とSF映画のような独特な雰囲気。(撮影:ぺこ丸)
つくばでも、整然とした巨大な動線を移動しているうちに、「歩いているのに、空間が自分の中に地図として残らない」という感覚がありました。
そして私は、一つの妙な逆説にぶつかります。
迷う余白が少ない場所ほど、かえって人は「迷子」になるのではないか?
筑波大学という巨大な空間
さらに、つくばにはもう一つ、リミナルスペースを感じさせる要素があります。
とにかく、スケールが巨大なのです。
筑波大学中央広場。大学の建築と広場のスケール感がよく分かる場所。(撮影:ぺこ丸)
筑波大学公式によれば、筑波キャンパスは南北約5km、東西約1km。[3]
一般的な大学には「門をくぐって、大学に入る」という感覚があると思います。
ところが筑波大学の場合、歩いているうちに、どこからどこまでが大学なのか分からなくなってくる。
大学の中に街があるのか。
街の中に大学があるのか。
その境界が妙に曖昧なのです。
そして、この巨大な大学のあるつくば市内には、大規模な研究・科学施設が点在しています。
整然と走る道路。
人と自動車を分離するペデストリアン。
巨大な大学と研究施設。
そして、そのあいだを移動する人間。
このスケールの組み合わせは、時として人間の身体を妙に小さく感じさせます。
人間のためにつくられた街のはずなのに、人間よりも先に巨大な都市のシステムが存在していて、その内部を自分が移動しているような感覚になるのです。
真夜中のつくばで迷子になった
夜の筑波大学中央広場。写真はまだ電気がついているが、夜間は消灯されます。。(撮影:ぺこ丸)
大学1年生の頃、新歓で夜遅くまで飲み会をしたあと、自分の家に帰る途中、真夜中のつくばで迷ったことがあります。あのときは本当に泣きそうでした……。
これは今でもよく覚えています。
昼間なら合理的で整然としているはずの街から、人の気配が消える。
同じような道が延々と続いている。
巨大な建物だけが暗闇の中に残っている。
人間が活動している昼間には「大学」「研究施設」「道路」「広場」として機能していたものが、夜になって人が消えると、突然その意味だけを失ってしまったように見える。
知っている場所のはずなのに、知らない場所のように見える。
見慣れたもの、巨大なもの、人工的なもの。
読書会で話していた「weirdly familiar(奇妙なほど見覚えがある)」というリミナルスペース特有の感覚は、まさにこれですね。
また、湯山さんが指摘していたのが、「人工性」です。
本来は人間のためにつくられた場所から人の姿が消えることで、どこか不思議な空間として立ち現れます。
学生宿舎も、なかなか味わい深い
余談ですが、筑波大学には学生宿舎があります。
おそらく開学当時からある平砂宿舎。今はもう使われていない。不法投棄のチャリが味わい深い。。(撮影:ぺこ丸)
私は宿舎生活は送りませんでしたが、この建物のデザインもなかなかに味わい深いものがあります。
小さなブルータリズム、とでも言いたくなるような佇まい。このコンクリ剥き出しの無骨な建築には美学を感じます。
同じく平砂宿舎。(撮影:ぺこ丸)
建物によっては、どことなく原宿のコープオリンピアを思わせるような雰囲気も……。
以前、ロシアから来た留学生の方と話していたとき、
「つくばでの生活はどうですか?」
と聞いたことがあります。
すると、
「ソ連の街並みを思い出します」
と答えていたのが、今でも妙に印象に残っています。。。(苦笑)
もちろん、つくばとソ連の都市が同じと言ってしまうのは乱暴ではありますが。
しかしながら、
国家規模で計画された都市、巨大な公共施設、整然とした動線、人間の身体を超えるスケール。
そうしたものが生み出す独特の空間感覚を、その方もまた何か感じ取っていたのかもしれません。
知っているはずなのに知らない
キリコの絵みたいなつくば。。。ここの池の鯉がめちゃくちゃ食いついてきて怖かった記憶があります(撮影:ぺこ丸)
キリコ再び(撮影:ぺこ丸)
よく知っているはずなのに、なぜか自分がどこにいるのか分からない。
自分が暮らしていた場所なのに、ときどき「どこでもない場所」のように見える。
でも、こうして振り返ってみると、道を覚えられなかったことも、真夜中に迷子になったことも、巨大な建物も、どこまでも続くペデストリアンも、今ではすっかり大学時代の大切な記憶です。
だからこそ、「リミナルスペース」という言葉を知ったとき、私はつくばを思い出したのかもしれません。
よく知っているのに、どこか掴みきれない。懐かしいのに、少し不思議。
そんなところも含めて、つくばは今でも私にとって忘れがたい街なのです。
長々とお付き合いいただきありがとうございました!!
皆さんにも、「こここそリミナルスペース!」と思う場所はありますか?
毎日通っているのになぜか不思議に感じる場所、夜になると突然違う場所に見える街、理由は分からないけれど妙に落ち着かない空間……。
ぜひコメントなどで教えてください!
次回予告 📣
10月21日(水)19:00〜|課外活動「ベルカント王国」
「オペラの美声でロックを歌っちゃいます!!!」
代官山で開催します。
10月29日(木)20:15〜|村上春樹『夏帆』
次回のワル読。オンライン(Zoom)開催です。
11月26日(木)20:15〜|「東京のうた」
オンライン(Zoom)開催。詳細は改めてお知らせします。
脚注・参考資料
[1]つくば市「筑波研究学園都市とは」
筑波研究学園都市の成立経緯、国家プロジェクトとしての建設、研究機関の集積、研究学園地区の都市構造、約48kmのペデストリアン等。
https://www.city.tsukuba.lg.jp/soshikikarasagasu/toshikeikakubutoshikeikakuka/gyomuannai/4/3/1002135.html
[2]つくば市「つくば市景観計画等関連資料」
研究学園地区におけるペデストリアン整備と歩車分離について。
https://www.city.tsukuba.lg.jp/material/files/group/15/1shou.pdf
[3]筑波大学「キャンパス・施設紹介」
筑波キャンパスの規模、5地区の構成、ループ道路、ペデストリアン、学生宿舎等。
https://www.tsukuba.ac.jp/campuslife/support-campus/




